わかんないものの前で

わりと大きい作品をすいすいと描いていて、気付けば前の文からだいぶ時間が経ってしまった。春になって、テンカウントで心地よく制作しています。


教室にて。
モチーフを組むと、よく「いじわるねー」と生徒さんに言われてしまう。即興でいじわるしてるわけではなく、事前にアトリエで組んでいる。その時見ていたうちの子は「ものを一生懸命かきたくても、すきまが気になっちゃうんじゃない」。多分その通りで、すきま、空間を描いてみてほしいなーと思って組んでいる。そういう、空間とものをいっしょに触る感覚が掴めないと、かなりめんどくさいってことは確かだ。
困らせるつもりはなく、ひとえにおもしろい作品がそれぞれできたら…と組んだのだけど、今回のは厳しかったらしい。

もう一つ理由を考えると、このガラクタたちにある。所謂静物画っぽい、モチーフらしいものではなく、意味や名前の希薄なものたちを所々混ぜた。そこはわたしも、少し尖ってしまったところかもしれない。
世間一般に限らず、絵を描いてる人たちにも、意味のわからないもの・作品には全く立ち止まらない人はいる。わたしとしては、わからないけどその前でじっと考えるおもしろさ、そうして過ごす時間を、もっと自然なこととして紹介したい。それは、制作についても同じ感覚です。
こういうのを、何だかわかんないけど木だなー、イスも木だなとか、自分何描いてんだろう…とか思いながら描くうちに、何にも似てない変な感じがすることがあると思う。名前から自由になって見て描くこと、それで生まれる作品は、やっぱり名前のない良さを持ったものなのだ。わかんないものの前で少し佇むきっかけになれば、心より嬉しい。
…でもやりすぎると意欲を削いでしまいかねないので、気をつけたい。

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