statement

制作について ノート

February, 2016

I’m fascinated with things that have opposite two-sides like “far / near” “hard / soft” “interesting / frightening.” When I find something like that in my daily life, it becomes a starting point of a new work. However, I don’t intend to represent it. It’s just a trigger for putting colors on a canvas and deciding composition.
When I do some action on the canvas, it tells me what I should do the next. This may be something like a dialogue with the progressing work. My paintings are mostly weaved up by this process.
Also, relationship between the two-sided matters and a feature of the material, oil paint, is important. As it dries very slowly, I can easily blend a form with another form, and the first stroke of the day with the last one of the day. This is like mixing space and time. Oil colors seem to accept contradiction, and this feature is suitable for expressing the essentials of the two-sided matters. Working on this media, every time I’m trying to let my paintings go as far away as possible from the starting points.

2016年2月

たとえば〈とおい/ちかい〉〈かたい/やわらかい〉〈おもしろい/こわい〉などといった対極的な二面性を保有する、身近なものごとへの興味を絵の起点としている。眼前の画面そのものをほどいていくように描くこと。自分の骨組みをかえて、目をつぶらないと選ばぬ色、つくらないようなかたちで制作中の絵に対しリアクションを重ねていけるか、作品はそういう試みの結果だ。
乾きの遅い油絵具は都合がいい。一日の最初と最後の手とを、あるいはものとまわりとを混ぜてぐっと絡められる。それは言いかえれば、絵の中の時間や空間をほぐすこと。たくさんのものが生まれて少しずつ失われていく、現実の本質=〈 〉に触れるための私なりの方法だ。描くことは、それをどこまで遠くへ行かせてやれるだろうか。

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November, 2014

The paintings I make start from “the sense of something being provisionally presented as one” – landscape, constellation, history, living creatures, for instance.
Lots of touches of colors, which contain both the conscious behavior and the unconscious happenings, weave up a painting. The component, on some view points, looks like constellation and history.

2014年11月

〈遠く離れて点在する星は、地球から見てひとつの星座にかたちづくられる。〉
〈別の時代に起きたできごとは、今の人にひもづけられて歴史として話される。〉
〈フェンスの奥に木立や家が見える。遠くに焦点を合わせるとフェンスはぼやけて、その大きさもある場所も判らなくなる。〉
〈生き物は呼吸によって体内と外の原子を交換しているから、よく見ると輪郭は震えていて一本の線で閉じることができない。〉
 こういった「何かが暫定的にひとつとされているように見える感覚」が、色やかたちを置く起点になっている。あるばらばらの筆跡が―「描く」という意識的な振るまいと無意識的な偶然の混在とが、ひとつの絵画をなしていくようすは、星座や歴史とどこか似ている。
 眼前の画面そのものをほどいていくように描くこと。私的な体感=〈 〉から出発して、違う感触のふたを開けることができるか。いつでも自分の骨組みをかえて、目をつぶらないと選ばぬ色、つくらないようなかたちで制作中の絵に対しリアクションを重ねていけるか、作品はそういう試みの結果だ。


2012年9月

 明るい昼に見る木立のシャープな暗がり、反射する濁り水、野菜、身近な世界への親しみと不本意な触れがたさ。何かどちらともいえない問題や魅力と向きあうときにそれが作品のたねになります。喜ばしいのかさびしいのか、そのものの曖昧さを借りて絵具をのせ、問いにしたい。無意識的なものやわかりきれないものに絵の中で出会い、それをあらわにしておきたくて描いています。想像した世界のうつくしさ、完璧さを描こうとしていない。